新・人間革命

覚悟の人は強い。艱難辛苦の嵐の中へ突き進む決意を定めてこそ、初志貫徹があり、人生の勝利もある。また、、それは仏法者の生きかたでもある。ゆえに日蓮大聖人は、「よからんは不思議わるからんは一定とおもへ」1190 と仰せである。

2020.9.15


新・人間革命 雌伏 235p

彼の胸には、常に恩師が生きつづけていた。慈折広布に生涯を捧げ尽くした勇姿が、瞼から離れなかった。

2020.9.14


新・人間革命30巻 上 雌伏 200p

先生の行動が誓約されているのなら、私たち弟子が、師匠のもとへ馳せ参じればよい。

2020.9.1


新・・人間革命30巻 上 大山 85p

弟子が本当に勝負すべきは、師匠に指導を受けながら戦っている時ではない。それは、いわば訓練期間だ。師が、直接、指揮を執らなくなった時こそが勝負だ。

2020.8.28


新・人間革命 29 源流  

大学とは〃大学に行きたくても行けなかった人たちに、尽くすためにある〃というのが、彼の信念であったからだ。

2020.6.12


新・人間革命 30 雌伏55  6083

「今、山本先生と奥様が、最上階で懐中電灯を振って、見送ってくださっています。船から見えますか?」

伸一たちは、船が見えなくなるまで、いつまでも、いつまでも懐中電灯を振り続けた。

更に、夜更けてから船と連絡を取り、再度、「来られなかった方々に、くれぐれもよろしく」と伝えた。翌朝も、安否確認する連絡を入れた。彼にとっては、弟子たちこそが最高の宝であり、未来を照らし出す太陽であった。


新・人間革命 30 雌伏 6081

試練は人を鍛える。なれば広布を阻む猛吹雪に敢然と挑みゆく人は最強の勇者となる。

2017/11/07 9:11


新・人間革命 30 雌伏 6077

四国の同志の一人が、」叫ぶように語った。「弟子が師匠に会うこともできない。『先生!』と叫ぶこともできないーそんな話に、おめおめと従うわけにはいきません」 2017/11/07 9:00


新・人間革命 29 力走63 5820

彼は、最前線組織のリーダーと会えることが、何よりも嬉しかった。ブロック組織こそが、広宣流布の現場である。ここに創価学会の実像がある。わがブロックが学会なのだ。そこを離れて、どこかに特別な学会があるわけではない。ゆえに、自分のブロックの建設に最大の力を注ぎ、強化し、理想の組織を作り上げていく以外に広宣流布の伸展はない。2017.6.7

2017/10/16 11:30


新・人間革命 28 勝利島  443p

「先生は、私たちのことを最高に気遣ってくださいました。人間性の輝きというものは、人への気遣いに表れることを知りました。私も島にあって、周囲の人たちを心から気遣える自分になろうと思います」  2017/10/02 10:12


新・人間革命 28 403p

境涯革命の直道は、弘教にこそある。   2017/10/02 9:19


新・人間革命 28 勝利島 392p

リーダーの活動の眼目は、一人ひとりと会うことだ。それが一切の基本である。 2017/10/02 9:07


新・人間革命 第6巻  加速  ドカン

゛ドカン゛地域での弘教は、生きる気力を失った人たちに巣くう、無力感との戦いでもあった。175P

                波浪

 彼の胸には、直弟子の自分が、師の正義の歩みを『人間革命』の続編として書きとどめ、永遠に顕彰していかなくてはならないという、強い決意がみなぎっていた。

 そして、その「時」が次第に近づきつつあることを彼は感じた。272P

                若鷲 

 1962年(昭和37年)の8月末から始まった、この「御義口伝」講義は創価の後継の陣列を築き上げる、伸一の手作りの人間教育の場であった。

 受講生にとって、伸一は生き方の手本となり、人生の師として、心の中で次第に鮮明な像を結び始めたのである。

 この二期生への講義は、67年(昭和42年)の4月まで続けられた。一期生への最初の講義以来、五年間にわたる、学生部の本格的な育成となったのである。

2015.7.16


新・人間革命 第1巻  錦秋  196p

 伸一は、常に人との出会いを大切にしてきた。相手が会員であるなしに関係なく、一つ一つの出会いに心を注ぎ、希望の苗を植え、友情の葉を茂らせ、新たな価値を創造していった。それが「縁起」という人間の融合の原理を知る、仏法者のまことの生き方といえるからだ。

2014.12.13


新・人間革命 広宣譜 20 2014.12.10

 壮年は、一家の大黒柱である。社会の黄金柱である。人生経験が豊富で、社会の信頼を勝ち取ってきた壮年が、地域建設に立ち上がる時、広宣流布は大きく加速していく。

 日蓮大聖人御在世当時を見ても,富木常忍、大田乗明、曽谷教信らの壮年信徒が、門下の中心となり、地域広布を担ってきた。

 壮年が率先垂範で広宣流布を推進していってこそ、学会の重厚な力が発揮され、社会に深く根差した運動が展開していくことができるのだ。たとえば、学会の最前線組織である各ブロックの壮年の精鋭五人が集い、団結のスクラムを築くならば、地域を支える堅固な新しい柱が立つ。その柱が林立すれば、地域社会に、未来を開く創造と励ましのネットワーク広げることができよう。

 壮年の力で、足下から幸の園を開くのだ。


新・人間革命 広宣譜 21 2014.12.11

 山本伸一は、二十一世紀を見つめていた。日本人の平均寿命は年々伸びている。それにともない、学会員の男性の場合、男子部よりも、壮年部として活動する期間がますます長くなっていく。やがては、壮年部歴四十年、五十年という時代も来るに違いない。

 つまり、人生の半分以上を壮年部員として活動することになるのだ。そして、そのなかで、定年後は、多くの人たちにとって、地域が一切の活動の舞台となる。

 伸一は壮年部が地域に積極的に関わり、活躍する時こそ、地域広布の総仕上げの時代であると考えていた。

 学会にあっては、草創の時代から、地域での活動の推進力は、主に婦人であった。家事や育児などに追われながら、学会活動に励むとともに、隣近所のために心をつくし、交流を重ね地域に信頼の基盤を広げてきた。

 しかし、二十一世紀には、いよいよ壮年部が、本格的に地域へ躍り時代が到来するのだ。壮年の力で、学会の盤石な組織を築き上げ、さらに、地域社会のかかえるさまざま問題の解決にも真っ向から取り組み、わが地域に人間共和の城を築き上げていくのだ。

 かつては、定年後の生活を゛余生゛ととらえる人が多かった。しかし、これからは、長年培ってきた力をもって、地域に、希望を、活力を与える゛与生゛であらねばならない。 

 仏法即社会であり、地域広布即地域貢献である。一人ひとりが、地域のため、人びとのために、何ができるかを考え、果敢に貢献の行動を起こしていくなかに、幸せの拡大があり、広宣流布の建設もあるのだ。

 2014.12.12 衆議院投票日は12.14


新・人間革命 広宣譜 7 2014.11.25

現代にあって、さまざまな法難に遭い、不惜身命の覚悟で広布を進めている人こそが「地湧の菩薩」であり、その指導者は「棟梁」ではないのか! そうでなければ、どこに、「地湧の菩薩」の出現があるのか!


壮年部への指針 平成9年2月1日 全国代表者会議

  牧口先生は57歳で入信、60代・70代で大偉業を

 大聖人は、「地湧の菩薩」を率いる指導者のことを、「上行菩薩と申せし老人」(御書1458P)と

仰せである。


 すごい指導である。感激した。

2014.11.25


新人間革命 第1巻 錦秋 189P

 仏は、どこか遠い彼方の国にいるのではない。娑婆世界という現実の、この社会にいるである。仏は、悩み、苦しみ,喜び、生きる、人間の世界の中に存在するのである。

2014.11.22


新人間革命 第1巻 錦秋 156P

 伸一は、第三代会長として、一閻浮提広布への旅立ちをした、この年の五月三日の夜、妻の峯子とかたりあったことを思い出した。

 ーその夜、夜更けて自宅に帰ると、峯子は食事の支度をして待っていた。普段と変わらぬ質素な食卓であった。

 「今日は、会長就任のお祝いのお赤飯かとおもったら、いつもと同じだね」

 伸一が言うと、峯子は笑みを浮かべながらも、キッパリとした口調でか語った。

 「今日から、わが家には主人はいなくなったと思っています。今日は山本家のお葬式ですから、お赤飯はたいておりません」

 「確かにそうだね・・・・・」

2014.11.21 


新人間革命 第1巻 錦秋 146P

 彼は、どこにあっても、常に同志との率直な語らいを心がけた。

 伸一の思いは、いつも広宣流布の第一線で苦闘する同志とともにあった。いな、彼自身が最前線を駆ける若き闘将であったといってよい。

2014.11.20


新人間革命 第28巻 広宣譜 2 2014.11.19

 伸一の心には、言葉が次から次へと泉のようにあふれてくるのである。必死な励ましの一念は、勇気の言葉を、希望と確信の言語を生み出していく。


新人間革命 第28巻 広宣譜 1 2014.11.18

 1978年(昭和53年)6月28日の午後、彼は、東京・信濃町の学会本部にある師弟会館で作詞を開始した。30分ほど前、創価文化会館内の広宣会館で各部代表者会議を終えた時、学生部の代表が、新学生部歌の歌詞を見てほしいと言ってきたのだ。


新人間革命 第1巻 新世界 129P

 創価学会といっても、その本当の母体は一つ一つの地区であり、地区の姿それ自体が学会であるといっても過言ではありません。地区が誕生し、それが完璧に仕上がっていけば、その地域の広布は大き伸展を遂げていきます。

2014.11.14


新人間革命 第1巻 新世界 122P

 やがては世界各国に、日系人ではないリーダーが誕生していかなければ、本格的な広布の展開はありえない。また、組織と言っても人で決まる。中心者が一人立てば、すべては、そこから開けていくものである。瞬時のうちに、伸一の頭脳は、目まぐるしく回転していった。

2014.11.11


新人間革命 第1巻 新世界 114P

 伸一は、こうした一瞬一瞬の時を、決して疎かにしなかった。戦いの勝敗も、いかに一瞬の時を生かすかにかかっている。友への励ましにも、逃してはならない「時」がある。

 彼の反応は常に素早かった。時を外さず、いつも機敏に手を打った。それは、「今」を逸すれば、永遠にそのチャンスをなくしてしまうかもしれないという、会長としての緊迫した責任の一念が培った、感受性の鋭さであったといえるかもしれない。更には、青春のすべてを注いで戸田城聖に仕え、後継の弟子として彼が受けた厳しい訓練のなかで、体で習得していったものであった。

2014.11.10



新人間革命 第1巻 旭日 75p

 「リキさん、社会的な信頼を得るために、まず大切なのは、仕事で成功することです。それがいっさいの基盤になる。そのために、人一倍、努力するのは当然です。そして、題目を唱え抜いて、知恵を働かせていくんです。広宣流布をわが人生の目的とし、そのために実証を示そうと、仕事の成功を祈る時に、おのずから勝利の道、福運の道が開かれていきます」

2014.11.5    男子部10万結集 昭和36年11月5日 国立競技場


新人間革命 第1巻 旭日 60p

  伸一の平和旅は、生きる希望を失い、人生の悲哀に打ちひしがれた人々に、勇気の灯を点すことから始まったのである。それは、およそ世界の平和とはほど遠い、微細なことのように思えるかもしれない。しかし、平和の原点は、どこまでも人間である。一人ひとりの人間の蘇生と歓喜なくして、真実の平和はないことを、伸一は知悉していたのである。

2014.10.28


新人間革命 第1巻 旭日 34p

 伸一は六年前の1954年(昭和29年)の夏、恩師戸田城聖とともに、戸田のふるさとである厚田の浜辺にたった日のことを思い起こした。日本海に沈む真っ赤な夕日を見ながら、戸田は語っていた。

 「伸一君、ぼくは、日本の広宣流布の盤石な礎をつくる。君は、世界の広宣流布の道を開くんだ。構想だけは、ぼくがつくっておこう。君が、それをすべて実現してくれ給え」

 彼は、この言葉を命に刻んだ。その日から、どうやって世界広布の道をひらくかを、模索し続けてきた。

2014.10.17



旭日 

平和ほど、尊きものはない。

平和ほど、幸福なものはない。

平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない。


1960年(昭和三十五年)十月二日 

山本伸一、32歳  彼は今、胸中に平和の火を燃やしながら、世界へと旅立とうとしていた。しれは、創価学会第三代会長に就任してから、わずか五か月のことであった。

2014.10.3


新人間革命 第1巻 はじめに

 『新・人間革命』は、完結までに30巻を予定している。その執筆は、限りある命の時間との、壮絶な闘争となにちがいない。しかし、自身のこの世の使命を果たし抜いてこそ、まことの人生である。かのゲーテもユゴーも、また、トルストイも、八十余歳にして、なお、生き生きとして働き、信念のペンを執り続けた。私は六十五歳であり、まだまだ若い。

 私も、『新・人間革命』の執筆をわが人生の仕事と定め、後世のために、金剛なる師弟の道の「真実」を、そして、日蓮大聖人の仰せのままに「世界広宣流布」の理想に突き進む尊き仏子が織りなす栄光の大絵巻を、力の限り書きつづってゆく決意である。正も邪も、善も悪も、勝者も敗者も、厳しく映しだしながらー。

 戸田先生も、その生き方を、じっとみているように思えてならない。

 読者の皆様の温かいご支援を、心からお願いする次第である。


 1993年11月3日

                             著者

       2014.10.3


新人間革命 第1巻 あとがき

     命ある限り、私は書き続ける。

     正しい仏法とは何か。

     正しい人生とは何か

     そして、何が歴史の「真実」か。人間にとって「正義」の戦いとは何かを。

     そこに、人類の未来を開く、一筋の道があるからだ。

        2014.10.3