流転の海 第四部 天の夜曲 396P

男の度量という者は経済力があってこそ発揮される。


流転の海 第四部 天の夜曲 147P

わしも、お前が可愛くてしょうがない。お前のためなら命なんかいらん。お前は、そういう父親と母親に育てられちょる。そのことをわすれちゃいけんぞ。


流転の海 第四部 天の夜曲 147P

「しかし、五十を過ぎたころから、わしは、人間にとって最も重要な古里は、自分を生んでくれた父と母やないかと思うようになった」


流転の海 第四部 天の夜曲 138P

自分ができることは、ケチな料簡を起こさずに、親身になってしてあげにゃいけんぞ。自分がしてあげたことに対して、何等かの見返りを求めるちゅうのが、父さんはいちばん嫌いじゃ。こっちがしてあげたことに対して、何等かの見返りをもとめるちゅうのが、こっちがしてあげたことに対して、相手が裏切りみたいなやり方で応じても、知らん振りしちょれ。それが、いつかお前という人間に福徳のようなものを運んでくる。


流転の海 第四部 天の夜曲 135P

カワニナは人間の残飯を餌にして生きちょるけん、人里離れたところにはおらんじゃ。


流転の海 第四部 天の夜曲 106P

やくざな女になるじゃけん、あの百合っちゅう女にも、やくざなところがあるんじゃ。


流転の海 第四部 天の夜曲 60P

釈迦が、堤婆達多を人前で恥をかかせ、とりわけ強固な自尊心をあえて傷つけたのは、大

目的に向かうために、堤婆達多という人間を鍛えなければ鳴らなかったからだ。


流転の海 第四部 天の夜曲 58P

「わしは、どれほど、おじさんに人前で叱られつづけてきたか・・・・人前だけなら、まだ我慢できる。おじさんは、わしの子供の前でも、わしをアホ扱いしなさった。わしはたしかにアホじゃ。けど、一寸の虫にも五分の魂でなあし。わしみたいな甲斐性なしのアホでも、自分の子供からは尊敬されたいんじゃ。尊敬されんでもええ。ただ馬鹿にされとうない。おじさんは、明彦がわしを見る目をしっちょりますかなぁし。明彦をそんなふうにしたのは、おじさんじゃ」

心に沁みる文だ。


流転の海 第四部 天の夜曲 56P

釈迦は自分の弟子のひとりである堤婆達多を並みいる人々の前できつく叱り、汝は愚人なり、人の唾食らう者なりと辱めたという。


流転の海 第四部 天の夜曲 

47p

明洋軒の主人も、あけっぴろげで磊落な性格で、子供がいないので、伸仁を可愛がっていて、悪びれたり臆したりもせず、小学校三年生の子が、父親のツケで景気よく西洋料理を註文して、ナイフやフォークのの使い方しらない級友達に、その作法を教えるさまがおかしくて、言われるままに料理を運んだ。


流転の海 第四部 天の夜曲 

6p 伸仁は熊吾が知っているだけでも、もう十回以上は読み返しているだろう『秘密の花園』という子供用の小説を、また最初のページから読み始めた。


この「血脈の火」は「流転の海」の第三部である。第一部を書き出したのが35歳の時だったので、第三部を上梓するのに十四年余りの歳月を要した事になる。「もたもた書いてないで早く完結させろ」というお叱りのお手紙をたくさんいただいて恐縮しながらも、ここまできたら最後までまでおつきあい下さいとお願いする次第である。平成8年8月10日


流転の海 第二部 15p

自分の母は、夫が死んで三回忌も済まないうちに、五十三にもなって男を欲しがった。食うに困ったわけでもないのに後家を通せなかった汚らしい女だ・・・・。


流転の海 第一部

7p     まあみちょれ、俺はまだひと花もはなもふた花も咲かせてやるけん。彼はそう思った。

12P  あとひと月で自分の子供が生まれる。

16P  俺は、この子が二十歳になるまで生きているだろうか。

25p   熊吾は、心の中で伸仁を抱いた。

111p 青春時代、故郷の山の頂上に寝そべって、彼は穏やかな海を日がな一日眺めつづけたことがしばしばあった。そんなとき、彼 はきまってひとつの想念に恍惚となったものだ。それはこの宇宙が、いつ始まって、いつ終わるかという問題であった。時間的なものと空間的なものとに対するふたつの疑問が、若い熊吾を恍惚とさせ、やがて不思議な恐怖感をもたらすものだった。

 熊吾の心に、そのはるか昔の自分が感じた恍惚と恐怖がふいに湧き起こってきた。俺の人生は残り少ない。熊吾は改めて、死ぬことが怖いと感じた。死に対するかってない恐怖感が、酒を飲むととどまることなく饒舌となる熊吾の口を閉ざさせていた。