法華初心成仏抄  先生メッセージ  2022.11.19

 妙法の五字を弘め給わん智者をば、いかに賤しくとも、上行菩薩の化身か、また釈迦如来の御使いかと思うべし。

2026.7.17

神国王御書  679p

 一代聖教の中に、法華経は明鏡の中の神教なり、銅鏡等は、人の形はうかぶれども、いまだ心をばうかべず。法華経は、人の形を浮かぶるのみならず、先業をも未来をも鑑み給うこと曇りなし。

2026.7.17

木絵二像開眼之事  663p

 声を聞いて心を知る。色法が心法を顕すなり。

2026.7.17

顕立正意抄  640p

 我が弟子の中にも信心薄淡き者は、臨終の時、阿鼻獄の相を現ずべし。その時、我を恨むべからず等云云。

2026.7.17

顕立正意抄  638p

 帝王は国家を基として天下を収め、人臣は田園を領して施錠を保つ。

2026.7.17

小乗大乗分別抄  632p

菩薩と申すは、必ず、四弘誓願をおこす。第一の衆生無辺誓願度の願成就せずば、第四の無上菩提誓願証の願は成ずべからず。

2026.7.17

当体義抄 617p

 正直に方便を捨てて、ただ法華経を信じ南無妙法蓮華経と唱うる人は、煩悩、業、苦の三道、法身、般若、解脱の三徳と転じて、三観、三諦即ち一心に顕れ、その人の所住の処は常寂光土なり。能居、所居、身土、色心、倶体倶用、無作の三身の本門寿量の当体蓮華の仏とは、日蓮が弟子檀那等の中のことなり。

2026.7.14

当体義抄 614p

 悪縁に遇えば迷いと成り、善縁に遇えば悟りとなる。悟りは即ち法性なり。迷いは即ち無明なり。

2026.7.17

顕仏未来記   612p

 幸いなるかな、一生の内に無始の謗法を消滅せんことを。悦ばしいかな、いまだ見聞せざる教主釈尊につかえ奉らんことよ。

2026.7.17

顕仏未来記   611p

 仏記に順じてこれを勘うるに、既に後の五百歳の始めに相当たれり。仏法必ず東土の日本より出ずべきなり。

2026.7.17

如説修行抄  601p

詮ずるところ、仏法を修行せんには人の言をもちいるべからず。ただ仰いで仏の金言をまぼるべきなり。

2026.7.17

祈禱抄     592p

 大地はささばはずるるとも、虚空をつなぐ者はありとも、潮のみちひぬことはありとも、日は西より出ずるとも、法華経の行者の祈りの叶わぬことはあるべからず。

2026.7.17

法華経題目抄   581p

 聖人云わく、人の心は水の器にしたがうがごとく、物の性は月の波に動くに似たり。故に、汝、当座は信ずというも、後日は必ず翻さん。魔来たり、鬼来るとも、騒乱することなかれ。夫れ、天魔は仏法をにくむ。外道は内道をきらう。されば猪の金山を摺り、衆流海に入り、薪の火の盛んになし、風の求羅をますがごとくせばあに好きことにあらずや。

2026.7.17

法華経題目抄   577p

 ただ南無妙法蓮華経とだにも唱え奉らば、滅すせぬ罪やあるべき、来らぬ福や有るべき。真実なり、甚深なり。これを信受すべし。

2026.7.17

法華経題目抄   570p

 誠に聖教の理をきくに、人身は得難く天上の糸筋の海底に針を貫けるよりも希に、仏法は聞き難くして、一眼の亀の浮き木に遭うよいも難し。今すでに得難き人界に生をうけ、値難き仏教を見聞しつ。今生をもだしては、またいずれの世にか生死を離れ菩提を証すべき。

2026.7.17

法華経題目抄   570p   名文

 まず東には、霞たなびくてまよりかりがねこしじに還り、窓の梅の香玉簾の中にかよい、じょうじょうたる花の色、ももさえずりの鶯、春の気色を顕せり、南には、泉の色白たえにして、かの玉川の卯の華、信太の森のほととぎす、夏のすがたを顕せり。西には、紅葉常葉に交わればさながら錦をおり交え、荻ふく風閑かにして松の嵐ものすごし。過ぎにし夏のなごりには、沢辺にみゆる蛍の光あまつ天なる星加と誤り、松虫、鈴虫の声々涙を催せり。きたには、枯れ野の色いつしかものうく、池の汀につららいて、谷の小川もおとさびぬ。

2026.7.16

法華経題目抄   552p

 願うても願うべきは仏道、求めても求むべきは経教なり。

2026.7.16

法華経題目抄   551p

 夫れ、人界に生を受くるを天上の糸にたとえ、仏法の視聴は浮き木の穴に類せり。

2026.7.16

法華経題目抄   550p

 善知識実に値い難し。

2026.7.16

法華経題目抄   545p

 ああ、受け難き人界の生をうけ、値い難き如来の聖教に値い奉り、一眼の亀の浮き木の穴にあえるがごとし。今度もし生死のきずなをきらず、三界の籠はんを出でざらんこと、かなしかるべし、かなしかるべし。

2026.7.16

法華経題目抄   542p

極楽往生は法華を憑まだ疑いなし。

2026.7.16

法華経題目抄   541p

治し難きを能く治す。ゆえに妙と云うなり。

 

法華経は死せる者をも治するがゆえに妙という釈なり。

2026.7.15

法華経題目抄   541p

 妙とは蘇生の義なり。蘇生と申すは、よみがえる義なり。

2026.7.15 

法華経題目抄   534p   

 されば、この経に値いたてまつる」ことをば三千年に一度さく優曇華、無量無辺に一度値なる一眼の亀にも譬えたり。大地の上に針を立てて、大梵天王宮より芥子をなぐるに、針のさきに芥子の貫かれたるよりも、法華経の題目に値うことは難し。 この須弥山に針を立てて、かの須弥山より 大風よく吹く日、糸を渡わたさんに、いたりて針の穴に糸の先のいりたらんよりも、法華経の題目に値い奉ることかたし、されば、この経の題目を唱えさせ給わんには、おぼしめすべし、生盲の始めて眼あきて父母をみんよりもうれしく、強きかたきにとられたる者の、ゆるされて妻子をみるよりもめずらしとおぼしめすべし。

2026.7.15

 

法華経題目抄   533p

 されば、させる解りなくとも、南無妙法蓮華経と唱うるならば、悪道まぬがれがたし。

2026.7.15 

法華経題目抄   532p     2022.10.15 御書と未来へ

 夫れ、仏道に入る根本は信をもって本となす。・・・・たといさとりなけれども信心あらん者は、鈍根も正見の者なり。たといさとりあ信心亡き者は、誹謗・闡提の者なり。

2026.7.15

持妙法華問答抄   弘長3年  42歳 519p

 願わくは「現世安穏、後世善処」の妙法を持つのみこそ、ただ今生の名聞、後世のろう引なるべけれ。すべからく、心を一にして南無妙法蓮華経と我も唱え他をも勧めんのみこそ、今生人界の思い出なるべき」。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。

2026・7・14

持妙法華問答抄   弘長3年  42歳 517p

 生涯いくばくならず。思えば一夜のかりの宿を忘れて、いくばくの名利をか得ん。また得たりとも、これ夢の中の栄、珍しからぬ楽しみなり。ただ先世の業因に任せて営むべし。世間の無常をさとらんことは、眼に遮り、耳にみてり。雲となり、あめとなりけん。昔に人はただ名のみ聞く。露と消え、煙とや登りけん。今の友もまた見えず、我いつまでか三笠の雲と思うべき。春の花の嵐に随い、秋の紅葉の時雨にそまる。これ皆、」ながらえぬ世の中のためしなれば、法華経には「世は皆牢固ならざること、水沫砲煙のごとし」とすすめたり。

2025.7.14

持妙法華問答抄   弘長3年  42歳 516p

 暮兪行く空の色、有明方の月の光までも、心をもよおす思いなり。事にふれおりにつけても後世を心にかけ、春の花、雪の朝も、これを思い、風さわぎ村雲まよう夕べにも和するる隙なかれ、出る息は入る息をまたず。いかなる時節ありてか、「毎自作是念」の悲願を忘れ、いかなる月日ありてか「無一不成仏」の御経を持たざらん。昨日が今日になり、去年の今年となることも、これに期すところの余命にあらざるや。すべて過ぎにし方をかぞえて年の積もるをば知るといえども、今行く末において、一日片時も誰か命の数に入るべき。臨終すでに今ありと知りながら我慢偏執・名聞利養に著して妙法を唱え奉らざらんことは、志の程無下にかいなし。さこそは、「皆成仏道」の御法とは云いながら、この人いかでか仏道にものうかざるべき。色なき人の袖には、そぞろに月のやどることは。

2026.7.14

持妙法華問答抄   弘長3年  42歳 516p

 一切の仏法もまた人によりて弘まるべし。

 

 されば、持たるる法だに第一ならば、持つ人随って第一なるべし、、しからば則ち、その人を毀るは、その法を毀るなり。その子を賤しむるは、則ちその親を賤しむなり、ここに知んぬ、当世の人は詞と心とすべてあわず。孝経をもってその親を打つがごとし。あに冥の照覧恥ずかしからざんや。地獄の苦しみ、恐るべし恐るべし、慎むべし慎むべし。上根に望めても卑下すべからず、下根を捨てざるは本懐なり。下根にのぞめても驕慢ならざれ、上根ももるることあり、心をいたさざるが故に。

2026.7.14

持妙法華問答抄   弘長3年  42歳  514p

 受けがたき人身をうけ、値がたき仏法にあいて、いかでか虚しくて候べきぞ。同じく信を取るならば、また大小。権実のある中に、諸仏出世の本意、衆生成仏の直道の一乗をこそ信ずべけれ。

2026.7.14

顕謗法抄  弘長2年  41歳   499p

 夫れ、仏法をひろめんとおもわんものは、必ず五義を存して正法をひろむべし。五義とは、一には教、二には機、三には時、四には国、五には仏法流布の前後なり。

2026.7.14

同一かん味御書   弘長元年  40歳   475p

百味のこうぜんを調うといえども、一つのしおの味なければ、大王の膳とならず。山海の珍物も、しおなければ気味なし。

2026.7.14

十法界明因果抄  471p

 大荘厳論に云わく「つねに地獄に処るといええども、大菩提を障えず。もし自利の心を起こさば、これ大菩提の障りなり」

2026.7.14

十法界明因果抄  471p

 第十に仏界とは、菩薩の位において四弘誓願を発すをもって戒となす。

2026.7.14

十法界明因果抄  469p

 第九に菩薩界とは、六道の凡夫の中において、自身を軽んじ他人を重んじ、悪をもって己に向け、善をもって他に与えんと念う者有り。

2026.7.14

十法界明因果抄  462p

人間に生ずること、過去の五戒は強く三悪道の業因は弱きが故に、人間に生ずるなり。

2026.7.14

守護国家論  正元元年   38歳    430p

 夫れ、三悪に生を受くるは大地微塵より多く、人間に生を受くるは爪上の土より少なし乃至、四十余年の諸経に値うは大地の微塵よりも多く、人間に生を受けるは爪土の土よりも少なし。上に挙ぐるところの涅槃経の三十三の文を見るべし。たと一字一句也といえどもこの教を信ずるは宿縁多幸なり。

2026.7.14

守護国家論  正元元年   38歳    429p

 法華経流布の国に生まれて、この教の題名を聞き信を生ずるは、宿善の深厚なるによれり。

2026.7.14

守護国家論  正元元年   38歳    420p

 法華・涅槃を信ぜずして一闡提と作るは十方の土のごとく、法華・涅槃を信ずるは爪土の土のごとし。この経文をみて、いよいよ感涙押さえ難し。

2026.7.14

守護国家論  正元元年   38歳    419p

 大文の第五に、善知識ならびに真実の法は値い難きことを明かさば、これについて三つ有り。一には受けがたき人身、値い難き仏法なることを明かし、二には受け難き人身を受け値い難き仏法値うといえども、悪知識に値うが故に三悪道に堕つることを明かし、三には正しく末代凡夫のための善知識を明かす。

2026.7.13

守護国家論  正元元年   38歳    409p

 これらの徳はひとえに法華経を行ずる者に備わるなり。この故に、法華経を信ずるものは、たとい臨終の時、心に仏を念ぜず、口に経を誦せず、道場に入らざれども、心無くして法界を照らし、音無くして一切経を誦し、巻軸を取らずして法華経八巻を挙る徳これ有り。

2026.7.12 

守護国家論  正元元年   38歳    379p

 希に閻浮日本の爪土の生く。

2026.7.12


爾前二乗菩薩不作仏事   正元元年   38歳   376p

 一切の菩薩必ず四弘誓願を発すべし。

 

 衆生無辺誓願度   煩悩無辺誓願断   仏道無常誓願成   法門無尽誓願知なり。   377p

2026.7.12

爾前二乗菩薩不作仏事   正元元年   38歳   375p

 衆生を憐びんして衆生界を尽くさんとの願いを作す者、これを菩薩となす。大慧よ。菩薩は方便もて願を作す。もし諸の衆生、涅槃に入らずんば、我もまた涅槃に入らじと。

2026.7.12


十法界事  正元元年  38歳   369p

 迹門の大教起れば爾前の大教亡じ、本門の大教起これば迹門・爾前亡じ、観心の大教起これば本迹・爾前共に忘ず。

2026.7.12


一念三千法門  正嘉2年  37歳    363p

 法華経の行者は、如説修行せば、必ず一生の中に一人も残らず成仏すべし。譬えば、春夏、田を作るに早・晩あれども、一年の中に必ずこれを納む。法華の行者も、上・中・下根あれども、必ず一生の中に証得す。

2026.7.12

一念三千法門  正嘉2年  37歳 362p

無始より以来,我が身中の心性に迷って生死を流転せし身、今この今日に値い奉って三身即一の本覚の如来を唱うるに顕れて現世にその内証成仏するを、即身成仏と申す。

2026.7.12

一念三千法門  正嘉2年  37歳

我が身即三徳究竟の体にて、三身即一身の本覚の仏なり。これをしるを、如来とも悟りとも云う。知らざるを、凡夫とも衆生とも迷いとも申す。

2026.7.12


十如是事  正嘉2年  37歳   356p

 本覚のうつつの覚りにかえりて法界をみれば皆寂光の極楽にて、日来ろ賤しと思いを我がこの身が、三身即一の本覚の如来にてあるべきなり。

2026.7.11


主師親御書 建長7年 34歳   322p

 仏滅度して後、当世、末代悪世に法華経をありのままに能く説かん、これ難しとすと説かせ給えり。

2026.7.11


本尊問答抄  弘安元年9月  57歳  浄顕房    315p

 願わくは、この功徳をもって、父母と師匠と一切衆生に回向し奉らんと祈請仕り候。

2026.7.11

本尊問答抄  弘安元年9月  57歳  浄顕房    314p

 この御本尊は、世尊説きおかせ給いて後二千二百三十余年が間、一閻浮提の内にいまだひろめたる人候わず。

2026.7.11

本尊問答抄  弘安元年9月  57歳  浄顕房    311p

 このこと日蓮独り勘え知れる故に、仏法のため王法のため、諸経の要文を集めて一巻の書を造る。よって最明寺入道殿に奉る。立正安国論と名づけき。その書に詳しく申したれども、愚人は知り難し。詮ずるところ、。現証を引いて申すべし。

2026.7.11

本尊問答抄  弘安元年9月  57歳  浄顕房    310p

 日蓮は東海道十五カ国の内、第十二に相当安房の国東条郷片海の海人が子なり。生年十二、同じき郷の内、清澄寺と申す山にまかり住しき。遠国なるうえ、寺とはなずけて候えども、修学の人なし。

2026.7.11

本尊問答抄  弘安元年9月  57歳  浄顕房    305p

釈尊の最期の御遺言に云わく「法に依って人に依らざれ」等云々

2026.7.11

本尊問答抄  弘安元年9月  57歳  浄顕房    303p

 本尊とは勝れたる用いるべし。

2026.7.11

本尊問答抄  弘安元年9月  57歳  浄顕房    302p

 法華経の題目をもって本尊とすべし

2026.7.11 


下山御消息 建治3年6月 56歳 下山光基 299p

 教主釈尊より大事たる行者を、法華経の第五の巻をもって日蓮が頭を打ち、十巻ともに引き散らしてさんざんに踏みたりし大禍は、現当二世のがれがたくこそ候れんずらめ。

2026.7.11

下山御消息 建治3年6月 56歳 下山光基 294p

 我らは釈迦仏とは同じ程の仏なり。 

 釈迦仏の本土は実には娑婆世界なり。

2026.7.11

下山御消息 建治3年6月 56歳 下山光基 291p    牧口・戸田・池田

 日蓮が出現して、一切の人を恐れず、身命を捨てて指し申さば、賢なる国主ならば子細を聞き給う」べきに、聞きもせず用いられざるだにも不思議なるに、あまつさえ頸に及ばんとせしことは存外の次第なり。

2026.7.11

下山御消息 建治3年6月 56歳 下山光基 290p

 去ぬる文永八年九月十二日、すべて一分の科なくして佐渡国へ流罪せらる。外には遠流と聞こしかども、内には頸を切ると定めぬ。

2026.7.11

下山御消息 建治3年6月 56歳 下山光基 288p

 夜中に日蓮が小庵に数千人押し寄せて殺害戦せんとしかども、いかんがしたりけん、そのよるの害もまぬかれぬ。しかれども、心にあわせたることなければ寄せたる者も科なくて、大事の政道を破る。「日蓮が生きたる、不思議なり」とて伊豆国へ流しぬ。

2026.7.11


四信五品抄  富木常忍 建治3年 56歳

 請う、国中の諸人、我が末弟等を軽んずることなかれ。進んで過去を尋ねれば、八十万憶劫供養せし大菩薩なり。あにきれん一恒のものにあらずや。退いて未来を論ずれば、八十年の布施に超過して五十の功徳を備うべし。天子の襁褓に纏われ、第竜の始めて生ずるが如し。べつにょすることなかれ、別にょすることなかれ。

2026.7.11


報恩抄 建治2年 7月21日  55歳 浄顕房・義浄房 261p

 日蓮が慈悲広大ならば、南無妙法蓮華経は万年の外未来までながるべし。日本国の一切衆生の盲目を開ける功徳あい。無間地獄の道をふさぎぬ。この功徳は、伝教、天台にも超え、竜樹、迦葉にもすぐれたり。極楽百年の修行は穢土の一日の功徳にも及ばず。正像二千年の弘通は末法の一時に劣るか。これひとえに、日蓮が智のかしこきにはあらず、時のしからしむのみ。春は花さき、秋は果なる。夏は暖かに、冬は冷たし。時のしからしむにあらずや。

2026.7.11 

報恩抄 建治2年 7月21日  55歳 浄顕房・義浄房 261p

 一閻浮提の内に仏の滅後二千二百二十五年が間、一人も唱えず。日蓮一人、南無妙法蓮華経と声もお(惜)しまず唱うるなり。

2026.7.11

報恩抄 建治2年 7月21日  55歳 浄顕房・義浄房 255p

 問うて云わく、汝が心いかん。

 答う。南無妙法蓮華経肝心なり

 

 題目は法華経の心なり。◎

2026.7.11

報恩抄 建治2年 7月21日  55歳 浄顕房・義浄房 255p

 疑って云わく、二十八品の中にいずれが肝心なる。・・・・・・・・

 方便品・寿量品肝心なり

2026.7.11

報恩抄 建治2年 7月21日  55歳 浄顕房・義浄房 254p

 問うて云わく、法華経二十八品の中に、何者が肝心なる。

  題目をもって肝心とす

2026.7.11

報恩抄 建治2年 7月21日  55歳 浄顕房・義浄房 252p

 去ぬる文永八年九月十二日の夜は相模国たつの口にて切らるべかりしが、いかにしてやありけん、その夜はのびて依智というところへつきぬ。また十三日の夜はゆりたりととどめきしが、またいかにやありけん、佐渡の国までゆく。今日切る、明日切ると言いしほどいいしほどに四か年というに、結果は去るる文永十一年二月の十四日にゆ(許)りて、同じ三月二十六日に鎌倉に入る

2026.7.11

報恩抄 建治2年 7月21日  55歳 浄顕房・義浄房 238p

 去る文永八年九月十二日、平左衛門並びに数百人に向かって云わく「日蓮は日本国の柱なり。日蓮を失うほどならば、日本国のはしらをたおすなりぬ」等云云。

2026.7.11

報恩抄 建治2年 7月21日  55歳 浄顕房・義浄房 235p

 仏の滅後一千八百余年が間に法華経の行者、漢土に一人、日本に一人、以上二人、釈尊を加え奉って以上三人なり。外典に曰く、聖人は一千年に一たび出で、賢人は五百年に一たび出ず。

2026.7.11

報恩抄 建治2年 7月21日  55歳 浄顕房・義浄房  212p

 仏教をならわん者の、父母・師匠・国恩をわするべしや。

 この大恩をほうぜんには、必ず仏法を習いきわめ智者とならで叶うべきか。

2026.7.11


撰時抄 建治元年 西山由比殿  54歳 211p

 持戒・有智の大僧の中に大謗法の人あるべし。

2026.7.11

撰時抄 建治元年 西山由比殿  54歳 210p

 されば我が弟子等、心みに法華経のごとく身命もおしまず修行して、この度仏法を心みよ。南無妙法蓮華経。南無妙法蓮華経。

2026.7.11

撰時抄 建治元年 西山由比殿  54歳 209p

 法華経を経のごとく持つ人は、ボンオウにも勝れ、帝釈にもこえたり。

2026.7.11

 

撰時抄 建治元年 西山由比殿  54歳

 当世日本国の智人等は衆の星のごとし、日蓮は満月のごとし。

2026.7.11

撰時抄 建治元年 西山由比殿  54歳   203p

 あわれなるかなや、なげかしかなや、日本国の人、皆無間大城に堕ちんことよ。悦ばしかなやたのしきかなや、不肖の身として今度心田に仏種を植えたる。

2026.6.17

撰時抄 建治元年 西山由比殿  54歳   199p

 日蓮は日本第一の法華経の行者なること、あえて疑いなし。これをもってすいせよ。漢度・月支にも一閻浮提の内にも、肩をならべる者はあるべからず

2025007.15

撰時抄 建治元年 西山由比殿  54歳   199p

 漢土・日本に智慧syぐれ才能いみじき聖人は度度ありしかども、いまだ日蓮ほど法華経のかとうどとして国土に強敵多くもうけたる者なきなり。まず眼前の事をもって日蓮は閻浮提第一のものとしるべし。

2025.7.24

撰時抄 建治元年 西山由比殿  54歳   182p

 法華経を仏の説かせ給いしように説かん人は末法にはまれなるべし。

2025.7.23

撰時抄 建治元年 西山由比殿  54歳   175p

 日蓮は閻浮提第一の法華経の行者なり。これを謗り、これを怨む人は、閻浮提第一の大難にあうべし。

2025.7.21 孝明75歳誕生日

撰時抄 建治元年 西山由比殿  54歳   174p

 必ず日本国の一切衆生、兵難に値うべし。されば、日蓮が法華経の行者にてあるかなきかは,これにて見るべし。  大確信

撰時抄 建治元年 西山由比殿  54歳   166p

 正像ニ千年の大王よりも、後世をおもわん人々は末法の今の民にてこそあるべけれ。これを信ざらんや。彼の天台座主よりも、南無妙法蓮華経と唱うるらいとはなるべし。

2025.7.12

撰時抄 建治元年 西山由比殿  54歳   165p

 前代未聞の大闘諍、一閻浮提に起こるべし。その時、日月の照らすところの四天下の一切衆生、あるいは国を惜しみ、あるいは身をおしむゆえに、一切の仏菩薩に祈りをかくともしるしなくば、彼のにくみつる一人の小僧を信じて、無量の大僧正等・八万の大王等・一切の万民、皆、頭を地につけ掌を合わせて、一同に南無妙法蓮華経ととなうべし。

2025.7.5

撰時抄 建治元年 西山由比殿  54歳   160p

 それ仏法を学せん法は、必ずまず時を習うべし。

2025.7.2


法華取要抄 文永11年5月24日  53歳  159p

 かくのごとく国土乱れて後に上行等の聖人出現し、本門の三つの法門これを建立し、一四天四海一同に妙法蓮華経の広宣流布うたがいなきものか。  戸田先生・池田先生

2025.6.21

法華取要抄 文永11年5月24日  53歳  156p

 日蓮は広・略を捨てて肝要を好む。

2025.6.21

法華取要抄 文永11年5月24日  53歳  153p

 問うて云わく、自讃はいかん。

 答えて曰く、喜び身に余るが故に、堪え難くして自讃するなり。 

2025.6.20


如来滅後五五百歳始観心本尊抄 文永10年4月25日  52歳

 一念三千を識らざる者には、仏、大慈悲を起こし、五字の内にこの珠をつつみ、末代幼稚の頸に懸けしめたもう。

2025.6.16

如来滅後五五百歳始観心本尊抄 文永10年4月25日  52歳 146p

 ◎天晴れぬれば地明らかなり。法華を識る者は世法を得べきか。

2025.6.2

如来滅後五五百歳始観心本尊抄 文永10年4月25日  52歳 145p

 この時、地涌の菩薩始めて世に出現し、ただ゛妙法蓮華経の五字のみをもって幼稚に服せしむ。

2025.4.19

如来滅後五五百歳始観心本尊抄 文永10年4月25日  52歳 141p

 本門の四依の地涌千界出現して、本門の釈尊を脇士となす。一閻浮提第一の本尊この国に立つべし。

2025.1.16

如来滅後五五百歳始観心本尊抄 文永10年4月25日  52歳 140p

 末法の初め謗法の国にして悪機なるが故にこれを止め、地涌千界の大菩薩を召して、寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字をもって浮閻の衆生に授与せしめたもうなり。

2024.12.29

如来滅後五五百歳始観心本尊抄 文永10年4月25日  52歳 136p

その本尊の為体は、本師の娑婆の上に宝塔空に居し、塔中の妙法蓮華経の左右に釈迦牟尼仏、多宝仏、釈尊の脇士たる上行等の四菩薩

文殊、弥勒等は四菩薩の眷属として末座に居し、迹化、他方の大小の諸々菩薩は万民の大地の上に処したもう。迹仏、迹土を表する故なり。

2024.12.25

如来滅後五五百歳始観心本尊抄 文永10年4月25日  52歳

135p  上行・無辺行・安立行は我らが己心の菩薩なり。

2024.12.18

如来滅後五五百歳始観心本尊抄 文永10年4月25日  52歳

釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す。我らこの五字を受持すれば、自然に彼の因果の功徳を譲り与えたもう。

2024.12.18

如来滅後五五百歳始観心本尊抄 文永10年4月25日  52歳

 末代の凡夫、出生して法華経を信ずるは、人界に仏界を具足するが故なり。

2024.12.17

如来滅後五五百歳始観心本尊抄 文永10年4月25日  52歳

127p 世間の無常は眼前に有り。あに人界に二乗界無からんや。無顧の悪人もなお妻子を慈愛す。菩薩界の一分なり。ただ仏界ばかり現じ難し。

2024.12.9

日蓮が流罪は今生の小苦なればなげかしからず。後生には大楽をうければ大いに悦ばし。 121

2024.11.21

日蓮は日本国の諸人にしゆうし父母なり。  121p


開目抄 119p

迦葉よ。我、正法を護持する因縁をもって、今この金剛身を成就することを得たり。常住にして壊れず。

2024.8.7

開目抄 117p

 我ならびに我が弟子、諸灘ありとも疑う心なくば、自然に仏界にいたるべし。天の加護なきことを疑わざれ、現世の安穏ならざるこおをなげかざれ。我が弟子に朝夕教えしかども、疑いをおこして皆すてけん。つたなき者のららいは、約束せし事もまことの時はわするるなるべし。

2024.8.4

開目抄   114p

詮ずるところは、天もすて給え、緒難にもあえ、身命を期とせん。・・・・・

 善につけ悪につけ、法華経をすつるは地獄の業となるべし。大願を立てん。・・・・・・

 種々の大難出来すとも、智者に我が義やぶられずば用いじとなり。その外の大難・風の前の塵なるべし。我日本の柱とならん、我の本の眼目とならん。我日本の大船とならん等とちかいし願いやぶるべからず。

2024.7.24

112p  順次生に必ず稚地獄に堕つべき者は、重罪を造るとも現罰なし。一せん人これなり。

*2024.3.9

111p そもそも、たれやの人か衆俗に悪口・罵詈せらるる。誰の僧か刀杖を加えらるる。誰の僧をか法華経のゆえに公家・武家に奏する。誰の僧か「しばしばひんずいせられん」と度度ながさるる。日蓮より外に日本国に取り出ださんとするにひとなし。・・・・・・誰をか当世の法華経の行者として仏語を実語とせん。・・・・・

 法華経の行者あらば、必ず三類の怨敵あるべし。三類はすでにあり華経の行者は誰なるらん。求めて師とすべし。眼の亀の浮き木に値うなるべし。

2024.1.16

105p

大地は指さすばはずるとも、花咲かずとも春は花咲かずとも、三塁の敵ひと必ず日本国にあるべし。

2024.1.11 

102p 日蓮といいし者は、去年九月十二日子丑時に頸はねられぬ。

2024.1.7

101p 当世日本国に第一に富める者は日蓮なるべし。

2023.12.28

89p 雲は月を隠し、讒臣は賢人をかくす。

88p 一切経の中にこの寿量品ましまさずば、天に日月なく、国に大王の無く、山河に珠の無く、人に神のなからんがごとくしてあるべきを。

2023.12.16

85p 巍々堂々として尊高なり。

2023.12.16

84p 地涌千界の大菩薩、大地より出来せり。

2023.11.13

81p 仏御年七十二年、摩かつ堤国霊鷲山と申すや無量義経をとかせ給いしに四十余年の経経をあげて、枝葉をばその中におさめて「四十余年にはいまだ真実を顕さず」と打ち消し給うはこれなり。

2023.12.11

80p 開目抄

善知識と申すは、一向師にもあらず一向でしにもあらずあることなり。

 

人の師と申すは、弟子の知らぬことを教えたるが師にては候なり。

2023.12.7

77p 開目抄

仏すら九横の大難にあい給う。

2023.12.6

74p  開目抄 経文に我が身符合せり。御勘気をかぼれば、いよいよ悦びをますべし。

2023.12.1

75p 開目抄

 当世、法華の三類の強敵なくば」、誰か仏説を信受せん。日蓮なくば、誰をか法華経の行者として仏語を助けん。

2023.11.27

73p 開目抄

 「数数見擯出」等云々。日蓮法華経のゆえに度々流されずば、「数数」の二字いかにせん。この二字は天台、伝教もいまだによみ給わず、いわんや余人をや。末法のはじめのしるし「恐怖悪世の中」の金言のあうゆえに、ただ日蓮一人これをよめり。

2023/11/26 13:28

73p 開目抄 

 今の世を見るに、日蓮より外の諸僧、たれの人か、法華経につけて諸人に悪口・罵りせられ、刀杖等を加えらるる者ある。日蓮なくば、この一偈の未来記に妄語となりぬ。

2023/11/25 17:23

72p 開目抄  

法華経の第五の巻の観持品の二十行のげは日蓮だにもこの国に生まれずばば、ほとうど世尊は大妄語の人、八十万億那由他の菩薩は提婆が虚おう罪にも堕ちぬべし。

20231124

72p  開目抄

 山に山をかさね、波に波をたたみ、難に難を加え、非に非をますべし。

 

 されば、日蓮が法華経の智解は天台・伝教には千万が一分も及ぶことなけれども難を忍び慈悲のすぐれたることは畏れをもいだきぬべし。

2023.11.23

いうならば三障四魔必ず競いおこるべし、としんぬ。二辺の中には言うべし。王難等出来の時は退転すべくば一度に思い止まるべしと、すばらくやすらいしほどに、宝塔品の六難九易しこらなり。我ら程の小力の者、須弥山は投ぐとも、我ら程の無通の者、乾ける草を負っ劫火には焼けずとも、我ら程の無智の者、恒沙の経々をばよみおぼうとも、法華経は一句一げも末代に持ちがたしっとかるるは、これなるべし。今度強盛の菩提心を発こして退転せじと願じぬ。

 既に二十余年が間この法門を申すに、日々。月々、年々に難かさなる。少々の難は数をしらず、大事の難四度なり。二度はしばらく置く。王難すに二度に及ぶ。その上、弟子といい、わずかの聴聞の俗人なんど来っ行われる行われる謀反なんどの者のごとし。

2023/11/17 12:20

70p 開目抄

日本国にこれをしれる者、ただ日蓮一人なり。

2023/11/14 16:52

69p 開目抄

 仏涅槃経に記して云わく「末法には正法の者は爪上の土、謗法の者は十方の土」と見えぬ。法滅尽経に云わく「謗法の者は恒河沙。正法の者は一、二の小石」と記しおき給う。千年・五百年に一人なんども正法の者ありがたからん。世間の罪によって悪道に堕つる者は爪上の土、仏法によって悪道に堕つる者は十方の土。俗よりも僧、女より尼、多く悪道に堕つべし。

23.11.12

66p 開目抄

 本門にいたりて始成正覚やぶれば、四教の果やぶる。四教の果やぶれば、四教の因

やぶれぬ。に前・しゃくもんの十界因果を打ち破って、本門の十界因果をとき顕す。これ

即ち本因本果の法門なり。九界も無始に備わって、新の十界互具・百界千如。一念三千為るべし

2023/11/11 18:42。

58p 開目抄

仏弟子は必ず四恩を知って知恩・報恩をいたすべし。

 

父母の家を出でて出家の身となるは、必ず父母を救わんがためなり。

2023/11/07 17:29

54p 一念三千の法門は、ただ法華経の本門寿量品の文の底に沈めたり。。竜樹・天親・知ってしかもいまだひろいいださず、ただわが天台智者のみ、これをいだけり。一念三千は十界互具よりことはじまれり。

2023/11/07 17:24

開目抄上 文永九年2月  51歳  門下一同

50p 夫れ、一切衆生の尊敬すべき者三つあり。主・師・親これなり。

023.9.23

安国論御勘由来  49p 47歳

ただひとえに、国のため、法のため、人のためにして、身のためにこれを申さず。

2023.9.21

安国論奥書  46p   48歳

この書は徴有る文なり。これひとえに日蓮が力に非ず、法華経の真文の至すところの感応か。

2023.9.21

立正安国論 41p

ああ悲しいかな、如来の誠諦の金言に背くこと。哀れなるかな、愚侶の迷惑のそごに随うこと。早く天下の静謐を思わば、すべからく国中の謗法を断つべし。

2023.9.21

立正安国論 30p

悪侶を誡めずんば、あに善事を成さんや。

2023/09/16 17:01

立正安国論 蒼蠅驥尾に付して万里を渡り碧等羅松頭に懸りて千尋を延ぶ。 26p

2023/09/16 16:55

立正安国論  24p

悲しいかな数十年の間百千万の人魔縁に蕩かされて多く仏教に迷えり、ぼうを好んで正を忘る善神怒りを為さざらんや円を捨てて正を忘る悪鬼便りを得ざらんや、如くかず、彼万祈を修せんよりは此の一凶を禁ぜんには。

2023/09/16 16:52